日本における香りの文化は「祈り」とともに歴史を刻み、広がっていったとも言われている。香を焚くことから始まり、現代ではエッセンシャルオイルと呼ばれる植物の香り成分「精油」が生活文化に取り入れられている。
天然香水調香師の杉浦元昭先生が花吹雪に滞在されたので和精油について伺った。杉浦先生は「生活の木フレグランスコンテスト」で日本一に。複数の精油をブレンドしてオリジナルの香を創り出すことに闌けた才能と優れた感性をお持ちの方。
「和精油と言えば北海道の和薄荷(ハッカ)が有名ですね。ラベンダーは西洋から入ってきました。日本における精油の歴史は、明治時代。この二つの精油から始まりました。」
「香りは神事でスギやヒノキの香りが好まれていましたし、黒文字は楊枝にする。柚子湯に入る。よもぎを焚くとか、日本人は古来から植物の持っている効果・効能を知っていて、薬草としても使っていましたね。」
「和精油は精油技術が入ってきてから、古代から知っていたもの、木や柑橘系などを水蒸気蒸留法で精油を抽出して使いだしたのです。」
「高知県の文旦やベルガモットなど和精油を扱うようになってから、非常に和精油に興味を持つようになりました。国産の柑橘系精油とブレンドする黒文字精油を探していたのです。黒文字の持つなんとも言えない奥深さとソフトな中にもしっかりとした主張のある柑橘系和精油との調香は興味深いものがあります。」
「黒文字は産地によって香りが違うと言われていましてね。産地によって酢酸ゲラニル、ゲラニオールの成分量が変わってくるので関西産の精油と東北・関東産の精油は香りが違うのだと。黒文字精油は非常に高価なものなので、現地で確かめたいと思っていたところ、花吹雪さんで精油を精製していると聞いて非常に興味を持ちました。」
「植物は産地や季節によって違うと申しましたが、黒文字精油の産地は岡山、鳥取、兵庫が関西系、石川県、富山県、山形、福島、埼玉秩父は東北系の香り。花吹雪さんの黒文字はおそらく関東・東北系かなと想像していました。」
黒文字精油の香りを試してみて、素敵!の一言。
「アロマストーンに染み込ませて出していただきましたが、シングルオリジンでありながらとても複雑な香りがしました。一瞬、ブレンドしているのかとも思いましたね。精油の成分が香り出ていたんですね。花吹雪さんの黒文字精油は、ファーストインプレッションがあって、後から香りが変わってくる。だからリナノールが多いのではないかな。リモネン、アルファピネンもあるのでしょうね。これらの成分によっていつまでも香っているのでしょう。」
「是非、質の良いネロリと合わせてみたい。合わせた時にネロリと共通する成分がある。ピタッときた理由はここかもしれないですね。少しの調香によってオリジナルの香水が生まれると可能性を感じました。」
「花吹雪さんの黒文字精油は、スパイシーな香りが効いている。そして甘い香りが深く引き立っている。いつまでも嗅いでいたい黒文字の香りでした。」
「初めて出会った精油ですね。ヤブニッケイは日本中どこにでもある木ですが、漢方薬に使っているくらいで精油はどこも扱っていないのでは。タネから香油が取れますが、精油とは違います。精油は葉・木・花など香りを持っている部位から水蒸気蒸留法などで香り成分を取り出したもの。香油はタネから搾る油脂です。」
「ヤブニッケイの魅力を引き出すのはこれからだと思いますね。単体では一般的に使いにくい精油でしょう。カンファーのもつ独特な強い香りを調香して、ブレンド精油にした方が使いやすい。ブレンドすることで他の精油を支えてくれたり、ヤブニッケイ自身のシナモンに近いような独特の香りが生きてくると思います。」
「肉桂、所謂シナモンは世界最古のスパイスと言われています。紀元前4000年くらいからエジプトで使われていましたし、正倉院の宝物殿の中にも入っているそうです。ヤブニッケイはそれに近いものですから、ロマンがありますよね。城ヶ崎の森の香りとして調香してみたいです。」
「伊豆高原の魅力は海と山と森。自然豊かな中にたくさんの植物がありますから魅力を感じます。ネロリという精油は柑橘類の花から生成される精油ですが、国内では長崎県で唯一ネロリ精油を採っています。蕾でないと香りが飛んでしまうので咲かないうちに採ります。蕾1トンで1kgの精油。100ml取るとしたら、蕾を100kgです。花を採ってしまうと実は採れません。ですからなかなか精油は採れない。伊豆高原産のネロリ精油が取れたら素敵だと思いますね。」
情熱的に語る杉浦先生との話は弾み、精油に魅せられてしまいました。 今夜は黒文字湯に浸かって心身ともにリラクゼーションを楽しむことにしましょうか。
今日の夕餉の献立は早くも初夏を思わせる季節の食材が彩ります。
先付:江戸時代からの伝承料理、嶺岡豆腐
八寸:季節を彩る楽しみな一品一品。
炙り煮穴子の棒寿司・野生こごみの黒胡椒和え、静岡豚の角煮黒砂糖仕立て、真鱈白子の含め煮、空豆
御造:旬の平目の薄造り
煮物:海老真薯の湯葉茶巾、豌豆の摺流し
中猪口:伊豆の苺「紅ほっぺ」と山葵のソルベ
焼物:伊勢海老の鬼殻焼き
御飯:野生葉山椒とじゃこの混ぜ御飯
留椀:地魚の潮汁
香の物:二十日大根の浅漬け、汐吹き昆布
料理屋菓子:自家製和三盆糖わらび餅
今宵も伊東の海と天城の幸を存分に堪能。ひとつひとつ思い出しながらまた楽しむ。森の囁きに耳を傾けながら。