草露白、離れ宿。走り、旬、名残り。

蝉の鳴き声も終盤にむかい、いつの夜からか虫の音が涼やかな風とともに聞こえるころ。まだまだ、昼の太陽は力強く照りつけるものの、いわし雲の夕焼けにホッとする。今年の酷暑もなんとか乗り切ったけれど、寒暖差のある季節の変わり目には、静かに心身を癒したい。森の離れ宿で、秋を先取りと洒落てみた。



「今年は春先から日照時間が少なく、長い長い梅雨。7月も後半になってようやく明け、平年よりは7日遅く、昨年よりは1ヶ月も遅い梅雨明け、いきなり猛暑となる異例続きの夏でした。いつもなら、漆の葉の先が赤く染まってもいいのに、少し遅いですね。秋をしらせる食材もようやく入ってきました」とのこと。

夏を乗り越えてきた食材たちが奏でる、旬の味覚を彩るシンフォニー。

料理長が腕をふるう9月の献立は1日から新メニューに変わった。オススメの秋の銘酒「田酒」とともに楽しむ。



先付けには巨峰と帆立の菊花酢添え
和のエディブルフラワーと言える食用の菊。大変栄養価が高く、ビタミンやミネラルも豊富で抗酸化作用や抗糖化作用もあるなどアンチエイジングとしても注目したい。

菊の花 若ゆばかりに 袖ふれて 花のあるじに 千代はゆづらむ 紫式部

「重陽」9月9日は「菊の節句」とされ、平安時代から長寿を願って菊の酒を飲む風習があったそう。少しだけでいいとは言いながら、紫式部も若返りを願い、菊の着せ布をしたのだろうか。



和食の真髄、八寸。



秋刀魚よりも早く秋を告げる「かますの棒寿司」
栗の茶巾絞り、宗太鰹の一夜干し。伊東では「うずわ」と呼ばれ、たたきを白飯に乗せた「うずわ飯」が郷土料理なのだとか。



お造りには鰆、金目昆布締め、夏の名残でアワビの酒蒸し。



蒸物は、秋から旬を迎える甘鯛。静岡県では「興津鯛」とも言う。
銀杏は走り。出汁の旨さが引き立つ銀餡掛け。


「家康が駿府にいた時に、奥女中の興津の局が甘鯛の一夜干しを家康に献上したところ、大変気に入って家康は『興津鯛と名付けよ』と言った。家臣達は静岡で獲れる甘鯛を興津鯛と呼び、献上魚として重んじる様になった」(申子夜話より)



可愛らしい器の中猪口には、洋梨と山葵のソルベ。ピリッとした香り高い伊豆山葵がなんとも言えなく爽やか。



焼物は太刀魚の松茸巻き
ホロホロと柔らかい白身が口に溶けるような太刀魚は最盛期を迎えている。 淡い白身にほんのりと松茸の香りが移った優しい一品。



天然きのこと天城黒豚の炊き込み御飯
「なめ茸」「さわもたし」「むき茸」力強い香りと食感は実り豊かな山の幸ならでは。お椀は馬鈴薯の摺り流し。



胡瓜の黒文字漬けはお土産のピクルスにも入っている。これが楽しみの一つでもある。水茄子の昆布和え。



デザートは栗蜜葛餅。ぷるんとして、のど越しも良く口の中でとろける美味しさ。和菓子ならではの、ほのかな甘み。
夏の名残から、旬、走りと 目でも舌でも秋の予感を楽しんだ後は、黒文字のお風呂で身体を癒してから今日のお部屋「白翁」へ。



森の小径にも秋が。ホトトギス。



イヌビワの実は黒くて露がしたたるものが甘くて柔らかい。



細い花穂に小さな花をつけているミズヒキ



白翁は二間続きの和室。正面は豊かな森がつづく。



幾重にも重なる虫時雨を聞きながら、今夜はゆっくりと本でも読もうか。
月夜の森には赤いうさぎも顔を見せそう。